◆重要◆カルマとか宿命とか運気とかスピとか言う前に、まずは現実世界です。 - Harmonize
数秘とかホロスコープを学ぶ前からずっと不思議だったこと。
不思議というより、その違いは何なんだろうか?
と疑問だったこと。
まず、運気というのは波です。
宇宙は波ですから人のバイオリズムも波。
生きている限り、波から逃れることは出来ないです。
運気が強い時ばかり、弱い時ばかりというのは無い。それはみんな共通。
運が弱い時というのは、内省期。「自分の中」を成長させるのに向く時期です。根をはる時期みたいな感じ。
強い時というのは「発展期」と言ったらいいのかな、外へ目を向けて、チャレンジしていくのに適した時期です。
ちなみに、発展期にどれだけの飛躍ができるかは、内省期にどれだけ自分の中を整え、要らないものは捨て、自分の中を改革したり成長させる事が出来たかに左右されます。
また、内省期に大きなチャレンジをする事は(私は)お勧めしません。
というのは、この時期は運の助けが当てにならなくなるので。
私は大きな事ほど現状維持を勧めています。
でも、時々、
「この人はいま、運気がそれほど強くないだろうになあ」
と思うけど全然そんな感じがしない人がいます。
その逆も然りなのですが。
その違いは何なのかなー。
そう思いません?
私は思っていたんですよね。
で、そういう身近な人とか有名人とかを見て考えてみたのですが。
- ある出来事をプラスの面から見るのか、マイナスな面からしか見ないのか。プラスな面からもものごとを見れるような癖がついている
- どうせダメだからと何もしない。という姿勢が無い。なお、内省期に自分を省みるというのは何もしないにはあたりません。自分を高めようという意識に基づく静的な行動です。ここで言う何もしないというのは停滞に甘んじるという事。
- 人の悪口を言ったりや噂話をしているのを殆ど見た事がない。
- やることや、やるべきことを淡々とただやっている。大きな事ではなく、それこそ、掃除したりとかお風呂に入ったりとか、散歩したりとか。
…なんか、書いてみたら普通の話みたいですけど。
つまりは普通のことの積み重ねっていうことなのかなー。
あと、数秘の師匠から何度も言われた事があります。
「占いは、『あるべき姿』で生きていけば外れて行く。命式やホロスコープなどは、全て『生まれてきた時のエネルギー』だから」
ということ。
ぶっちゃけた話、「波乱の多い生まれ」というのは確かにあります。
(私がまさにそうで、『自分を壊す生まれ』です)
つまりは生まれる時に自分に課したものがあって、それが命式などに現れているけれど、それを乗り越えて行くと、生まれた時のエネルギーとは変わって行くんですね。
結果、占いは外れる。となるんです。
生年月日を基にして読む占いは、いわば生まれた時のエネルギーを読むということなので。
私はそう思っています。
もっと言うなら、越えるだけの力を持って生まれてきているんです。
試練にぶち当たってる時はそんな事言われても、そうかそうか、なんて聞けませんがね。
それが何度も何度もとなると、運命があるなら呪いたくもなるのですよ。
↑経験者
でもそれをいくつも越えてみると、ああ、なるほどな、確かに必要だったな、試練じゃなく学びだったんだな、ということがわかるのです。
ただ、私はこの歳まで来たからこう言えるけど、若いかたはそこまで達観出来ないかもしれないな、とは思います。
(自分の経験上)
私もまだ人生が終わったわけじゃないから、まだ学びはあるだろうけどね。
今私は運気が強い時(=拡張、拡大の時)ですが(なのに9が強い年だったので内的に結構シンドイ事もあったのです、これでも)、運気は波ですから、強い後には弱くなる時が来ます。
これは平等だから逃れられない。
弱い時に入ったらどう考えたらいいのか?
「おれがおれがと我(が)を出すよりも、おかげおかげの下(げ)で暮らせ」
とは、学生時代の恩師の言葉ですが、これでしょうね。
- 一歩引いてみる。
- マイナス面ばかりでなく、プラスの面からものごとを見る癖をつける。
- 慎重に行動する。
- まあいいや、で動かない。
- 根拠はなくても『大丈夫』と思う癖をつける
やっぱりこういうところかなー。
運気が良くないはずなのにそうは見えない人って、一言でいうと停滞していないんですよね。
そして、不平不満を言っているのを聞いた事がない。
もちろん人間ですから、不平不満を持つこともあると思います。
それをうまく発散するすべを持っているという事にもなるんでしょうね。
そんなわけで、運気が弱い時の過ごし方でした。