~~エネルギーデトックスワーク協会認定上級セラピスト・1dayセミナー講師 NAMIです~
『あまり感情を出さないよね』
と、それぞれ別の人から言われる事が最近妙に重なっていました。
怒ったところを見たことがないとか、怒ったところが想像できないとか、喜んでるの?とか。果ては「あの人と、実は仲悪い?」とか。
はじめは「いや、怒ることあるし」「喜んでるし」「えー、別に普通に話してるんだけどな…」
「全然そんなことないのに、なんでそういうふうに見るんだ?」
と、内心反発もあったのです。
自分にはこれが普通だと思ってきたので、それを『薄い』みたいな言われ方をする謂れは無いぞ!! みたいな。
が。妙に異口同音に続くので…さすがにこれはスルーするには引っかかるなと。
要するに、そう見えているという事は、無意識のうちにそう見せている、という事でもありますから。周りは「見せているように受け取っている」んですね。
もちろんそこには、受け取る人が持っているモノの影響も受けるわけですけど。
ただ今回の場合、「別の人に同じことを何度も言われる」ので、私が見せている、というのが大きいかなと思った次第。
はい、そうかもね…と認めることにしました。
実際あまり感情が出ない(出せない?出し方がわからない?)、という自覚は薄々ありましたので。
これだけ何度も別の人々から指摘が入るという事は、自分自身を含め、何処かからのお知らせでもあるのでしょう。
多分、というより十中八九、私は
「外に出す」
という手段としての“線"がとても細いんですね。
喜怒哀楽の幅というか、それを表に出すハードルがとても高いのでしょう。
職業柄なのかもしれないと思ってもみたけれど、いやいや、そんな事はない。
これにも書きましたが、
私は小学校の1〜2年生くらいまで、とにかくものすごい泣き虫でした。
よく覚えているのが、ウシガエルの声が恐ろしくて、外から走って泣いて帰った事。そのほかはどうしてそんなに泣いてばかりいたのかは覚えていないんですが、とにかく年中泣いていた記憶はしっかりとあります。
今と違って、感情を涙という形で出すハードルが、メチャクチャ低かったのだろうな。別の言い方をすると、泣くという形で出すのが最も負荷が少ないものが何かしらあったのでしょうかね。
でもそれは大人からは嫌がられることでもありました。
泣くと怒られたし、何より子ども心にショックだったのが、よく泣くことで幼稚園の担任の先生からあからさまに煙たがられたこと。(子供って、大人が思う以上に大人の態度をよく見ているのだ)
ここから大きな精神的ショックの話になりますので、ご注意ください。
小学生の頃、可愛がっていた手乗りインコがいました。ピーちゃんと呼んでいました。雛から餌をあげて育ててきました。
本当に可愛くて可愛くて、あの羽毛の優しい肌触りと匂い、お喋りする鳴き声、呼ぶとパタパタと音を立てて走ってくる姿を今でもよく覚えています。
そのピーちゃんが突然死んでしまいました。
祖父母宅で飼っていた犬に食い殺されました。
ある日学校から帰ってきたらどこにもいなくて、そう聞かされました。
突然の別れ、しかもそんな残酷な死に方をあの子がしたと思うとたまらず、泣いていたらやはり怒られました。
「畜生だからしょうがないんだ」(畜生というのは犬のことです)
「いつまで泣いてるんだ、いい加減にしろ」
と、もっと激しい言われかたで。
雛から可愛がって世話をしてきた、私にとっては家族同様の、大切な大切な子でした。
かわいそうで、悲しくて、寂しくて、…憎くて。
その瞬間のあの子の痛みや恐怖、一生懸命逃げたであろう姿。
まざまざと見えるようでした。
私はあの子が死んだ瞬間も、そんなことなど思いもせずに、いつもと同じように学校で過ごしていました。
あの子が死んだのは(あの子を手乗りになんてしてしまった)私のせいだと思いました。
可愛がってくれる存在しか知らなかったあの子は、自分を害するものがいるなどとは思いもしなかったはず。
手乗りでなかったら飛んで逃げる事ができたのに、そのための翼がちゃんとあったのに。
そして、何より苦しかったのは、その「食い殺した犬」のほうも、私はとても可愛がっていて大好きだったことです。とても利口でおとなしい、穏やかな目をした雌犬でした。
大好きだったものが、もうひとつの大好きなものを殺したんです。
今だから冷静に当時の自分を見る事ができますが、当時はとにかく感情がグチャグチャでした。
仇を打ちたいと思った。その犬を殺したいとも思った。でも、その犬もまた私には大切な存在で、実際には何も出来ようはずがなく。
泣きながらその犬のところへ行くと、いつものように尻尾を激しく振りながら顔を寄せようとしてくる。
この口が。
そう思ったら、いつものように舐めさせることなど出来ず、「どうしたの?」とでも言うように何度も掛けてくる前足を、石ころで弱く叩き続けました。
後日、その死んでしまったインコへの気持ちを詩にしたものを、クラスのやんちゃな男の子がふざけて内容を弄って読み上げました。
それを、怒る事もせず先生までもが笑った。
私はそれに対して、抗議することも、怒ることすらも出来ず、そんな自分がまた許せなくもあり、そんなふうに下に見られる私も許せませんでした。
大好きなものをいきなり同時にふたつともなくし(私が"それまで好きだった"利口でおとなしい犬は、もういない)、失って泣くことを否定され、精一杯気持ちを表現したものは馬鹿にされて笑われ。
小学3年生、9才の経験でした。
不思議なのは、こんなに詳細に思い出せるのに、これを長い間忘れていた事です。
私にとって泣く事とは怒られる事、嫌われる事でした。
子供にとって怒られる事は悪い事です。だから泣く事は悪い事でした。
悲しいとか、寂しいとか、かわいそうとか、怖いとか、憎いとか…そういう「泣くもとになる感情」も、だから悪い事でした。
感情を出すことが悪いことであり、馬鹿にされ舐められるとなれば、自分を守るために、舐められないために、あるいは悪いことをしないために、感情を出さずに溜め込むようになるのは自然なことだったと思います。
だから小学3年生からは、幼稚園から1、2年生までは通知表の通信欄に必ず書かれていた『泣くことが多い』という評価が消えたんですね。
自分の中で「かつての自分だったら泣いても仕方がないような感情」は無いものとなり、無いものだから認める事もない。
でも実はありますから、しかもとても大きなものですから、あるということを知らせてくるようになります。
『裏切りがもとで(同時に二つのものを)失う経験』
も、繰り返すようになります。
今なら、全部同じ根から生えてきたものだったとわかりますけどね。
出てくるものは、至極当たり前ですが出るために出てくるということです。
出てくるものは出す。
小さいうちに、単純なうちに出していれば、暴走する事も拗れる事も、(少なくとも今生に由来する事であれば)無いんです。
この当たり前のことが出来れば、誰でもずっと生きやすくなるだろうと確信しています。
そんなわけで、私がこれを書いているのも、別にトラウマを癒すとか自分を許すとか、自分を認めるなんて事ではなくて、シンプルに
『"出す"という線を鍛えるため』
に他なりません。
なので、気まぐれに続きます。
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