~~エネルギーデトックスワーク協会認定上級セラピスト・1dayセミナー講師 NAMIです~
・付きまとう「ニコイチ」感。あるいはニコイチ設定。
「人並み」と口にすることが多いが、私の「人並み」の基準はかなり低い。(他人に対して)
特にある特定の人に関しては、「邪魔をしないなら人並み」的なハードルの低さ。その『ハードルの低い相手に相応しい自分である』という、強固な設定があった。
何故かというと、麻痺させた感覚が正気になったら、発狂するくらいの現状の中にいたから。
「“ここ”にいないといけない」と自分に思わせるには、「そこに相応しい自分」でないといけなかった、というわけ。
『これ』に関しては、長年、解消しようと色々なことに取り組んできた。
一番初め、まずは現実的なところで法的に助けを求めた。ダメだった。
まだ前の家にいた時、と言っても10年くらい前かな。いわゆる「事件性」がなかったから、どこも助けてくれなかったのよ。
警察も弁護士も行政も。
被害者から言わせてもらうと、「接近禁止命令」なんて、ハッキリ言って役に立たない。
昔のことだし、今ならもう少し何とかなるのかな。
あの頃は精神的に一番キツかったんだ。
これがずっと続くなら、生きている意味がないと思った。自◯しなかったのは、子供の存在があったから。

そうか、そうすると私、確かに『命の危険があった』んだわ。
『生き残るために』感覚を麻痺させるってこういうことなのか。
いやいやいや、ちょっと待て。
何であの凄まじい苦しみを忘れていた?
何で思い出さなかった?
かわいそうとか、私のせいとか、いいところもあったとか、良かった時がフラッシュバックするとか……まさにトラウマの壁だわ。
当時、何度「もうやめてくれ」と懇願したことか。話が通じなかった。全く。あまりに話が通じないことにゾッとした。同じ人間と思えなかった。
その時も思ったんだわ、「この人をこうしてしまったのは私なのか。私のせいなのか」って。
7時間以上、缶詰にされて罵倒され続けたこともあった。
「お前のせいで自殺する」とか、
「全部お前のせいだと遺書に書いておく」とか言われたのも、思い出した。
自分のせいで人が死ぬ、それがものすごく怖かった。間接的に私が人を殺すのだと思った。
そうすることで縛り付ける魂胆だったのに、それすら考えられなくなっていた。
バカじゃないの。
あんなことまでされて、何で「いいところもあった」とか、「私がそうさせてしまった」とか、そんなふうに思えていたんだ?
ク◯じゃないか。(←かろうじて自制で伏せ字)
自分の行動を無かったことにして、全て私のせいにしたク◯じゃないか。
あー、これは。
セッションの効果がまだ続いている。あの濃さだから、さもありなん。
来年用に覚書を残すつもりで書いてきたけど、今日は書くのはここまで。
【赤のペン】さして、ボケっとしますーー。
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