~~エネルギーデトックスワーク協会認定上級セラピスト・セミナー講師 NAMIです~
この記事で「ちょっとだけ、動いてみようか」と思ってやってみたら、あれよあれよという間に、全部終わっていた。
正直、こんなにあっけなく終わるとは全く予想外で、何ならかつてガイドに道をつけてもらっていた頃よりも、すごい進み方だった。
いくつか危惧もあったのだけど、悉く「こっちならいいなあ」という方向に進んだ。
あまりにも上手く進みすぎていて、ちょっとビビってもいる。「こんなに上手く進むということは、後で帳尻合わされるんじゃないか」と疑心暗鬼になる。(昔の癖)
なんでこんなに望んだ通りなんだ。そして速いスピードなんだ。しかも自分の負担がメチャクチャ軽い。これがすごい。
スピードが速い時というのは、風を受けるということでもある(あくまで比喩ね)んだけど…風、感じなかったなあ。風除けがあったのかもしれないなあ。
とにかく上手くいきすぎることに結構ビビっている。ビビることはないんだけど…ほんとこれは長年の癖だなあ。

そうそう、忘れないように書き留めておくよ。
「ちょっと動いてみようか」と決めたわけ。
去年、誕生日前後の恒例にしているマイコさんのセッションで、
「今後、生きる上でのモデルとなる人」
を決めました。
動かずにじっとしていることを、この「決めたモデル」ならやるだろうか? と、ふと思ったんですよ。
答えは、絶対やらない。やるわけがない。そんな選択肢自体があるわけがない。
それで、「動いてみようか。少しだけ」となったのね。
もうひとつ、とりあえず少しだけ動いたわけは、2019年の夏、「動いた方がいい」と思いながらもそこに留まり続け、結局「背水の陣」に追い込まれた、という経験から。
その時の動きはもう、凄まじいものがあったけど、動きがすごいから「風」も凄かった。
今回も、このままいけばいずれ「背水の陣」に持っていかれるだろうから、それは避けたかったのねー。だって背水の陣はシンドイもの。
2019年はガイドの調整が鬼のように冴えていたことが大きな助けになった(奇跡的なタイミングが何度も重なった)けど、今はそれは無い。
でもわかった。
これって自分の進む力なんだ、と。
「ここはもう(エネルギーが)違う」という感覚は、どこから来るものなのか。合わない違和感なのか。それとも単に逃げの理由に使っているのか。
それは雲泥の差。
だから、「曇ったメガネよりクリアなメガネで前を見る」というのは、やっぱり大事なのだよ。
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