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エネルギーデトックスワークとカバラ数秘術を使って、より生きやすい人へ

情けは人の為ならず。その情けが、もしも自分だけでなく、大切な人達に還るとしたら。

もくじはこちら

だからエネルギーデトックスワークを受けて欲しい - Harmonize

 

「情けは人の為ならず」ということわざを

「人に情けをかけるのはその人の為にならない」

と解釈する人も多いと聞きます。

 

確かにそういった事もあるでのしょうが、

元々の意味は

「人に親切にしたり情けをかけるのは、巡り巡って自分のところに戻ってくる。だから、自分のためでもあるんだよ」

という事なんですね。

わたしはやっぱり、そっちの方がしっくりときます。

 

わたしの仕事は3Kだの5Kだの言われる仕事で、

血液とか排泄物を扱うことは山ほどあります。

(感染予防を徹底しているのは言うまでもなく)

いわば、そういったお世話が宿命付けられている仕事でもあります。

「情け」というものがないと、続かない仕事であるとも、個人的には思っています。

 

ですがわたしの場合、だからと言って、人の為にという崇高な目的意識を持っているわけでは全くありません。

また、特別に犠牲的精神があるわけでもありません。おそらく人並みだと思います。

(いや、むしろ無いからこそ、その仕事を無意識レベルで選んで、身につけようとしたのかも?)

 

じゃ、なんでその仕事をしているの?

と言われても、「うーん…好きだからかなー」としか言いようがないのです。

 

ただ、前にも書いたように、ここまでこの仕事をやってこれたのは、実習の初っ端で出会った人々のおかげだろうなとは思います。

やっぱりね、あの手の暖かさと強さを忘れたことは無かったですから。

(↓よろしければぜひこちらもお読みください)

追憶 - Harmonize

 

 

で、「情けは人の為ならず」ですが。

「誰かに情けをかける」と、

(親切にしたり、お世話したり、仕事を手伝ったり、話を聞いたり、席を譲ったり…人の情け、というのは多岐に渡ります)

それは巡って自分に還るという意味。

 

でもわたしはちょっとだけ解釈が違います。

 

 

 

 

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わたしが将来、「自分で」大切な人達を助けてあげられなくなった時。

あるいは直接的に助ける事ができない状況下において。

 

「人にあげた情け」。

それはわたしに還る、のではなく、わたしの大切な人たちに巡っていくこともあるんじゃないかと。

 

今わたしが誰かにあげた「情け」があるとします。

それが巡って、

例えばわたし亡き後、息子達に助けが必要になった時、もう助けられないわたしに代わって、誰かが息子の力になってくれる事もあるのではないかと。

 

例えば、大切な人が病に伏した時、駆けつける事ができないわたしに代わって、今わたしがしているように、誰かがお世話をしてくれる事もあるのではないかと。

 

例えば、大切な誰かが道端に倒れた時、わたしの代わりに、誰かが気付いて救急車を呼んでくれる事もあるのではないかと。

 

例えば、大切な人が悩んでいる時、誰かが代わりに気づきの手を差し伸べてくれる事もあるのではないかと。

 

 

 

ちょっとムシがいいと思われるかもしれませんが、わたしは、人にあげた情けは、むしろそういう形で巡るんじゃないかなと思うのです。

だって、「情け」=「情」=「愛」も、エネルギーだから。

 

なんとなくそれに気がついてからは、仕事で同 じことをするのでも、「未来の大事な人たちのため」にエネルギー貯金? をしているような感じもします。

「エネルギー貯金」するためにやっているわけではありませんが、でも、同じことをするのでも、これが大事な人の間接的な助けになるかもと思えば、また違った想いが生まれますよね。

 

 

だから、どんどん情けを周りにあげるといいんじゃないかなーと思います。

小さな事でも。いや、ちょっとした小さな事だからこそ。

 

もしかしたらその小さな情けが、いずれ大切な人たちや自分を救う事があるかもしれません。

 

 

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