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価値観「大ひっくり返り」の衝撃の大きさ

長いです。

 

 価値観を変えましょうとかよく聞きます。

言うは易し行うは難しで、

軽く価値観が変わる程度だったらそれほど心的衝撃(ダメージとも言う)はないと思いますが、

大きな変化を伴うものだとかなり大きなものを負います。

 

当然、現界的な出来事(きっかけ)も大きくなります。それこそ、人生にそう何度も無いような。

 

取るに足りない、いつものようなありふれた出来事では、深く考える事も無く、

浅い変化(その時だけの気づきとか)で終わってしまうからですね。

 

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価値観の大きな転換となれば

その瞬間まで自分が持っていた「当たり前の感覚」が、そうでは無かったのかもしれない、という気付きにつながりますが

そこに至るまでに相当な葛藤や否定、怒り、自己否定、自信の消失、

人が絡んでいれば

「何考えてんの、おかしいんじゃないの? なにマイルール振りかざしてんの? 私が間違ってるとか言いたいわけ? おかしいのはそっちでしょうよ?」

くらいな嫌悪感は噴火の勢いで出てきます。

 

そして、それが客観的にみてどうなんだろうと色々調べたり人に聞いたりしてみても、

それらはその時点において自分との価値観を同じくする人や情報なので、自分が正しいというものしか得られない事が多いと思います。

なぜなら、そもそも「自分の方が正しい」という立ち位置から始まっているから。

 

そして自分が正しいと思うから、激しい怒りや否定された感、激しいモヤモヤが伴うわけです。

 

 

ここで、何故そういったことに遭遇したのか、と捉え方を変えてみると、

「自分か!」

となるのです。

 

価値観の大ひっくり返しが必要。

でもいつもと同じ事ではひっくり返せない。

だから(その人にとって)大きな出来事を用意する。

 

用意しているのは自分、なんですね。

 

もっとも、はじめはその考え自体が受け入れられません。

「自作自演? 冗談じゃない」

と怒りが湧きます。わかります。

私もそうだったし、大きな価値観の変換が来るときには、相当な目にあったり相当な思いをしますから。

 

ただ、今と昔の大きな違いは

「誰がやっている? 私か!」

と、まず考えるようになったということ。

物事には必ず、表と裏と、両方があるということ。

もっと言うと、「果」があるからには「種」があるということ。

 

別に過去生の因縁がどうとか、そんな事では無いですよ。

 

 

 

例えば、「マイルールを振りかざす人に運悪く縁が出来てしまった」というようなとき。

 

まず怒りを感じたり、自分が悪いのかと思ったり、なんで私なのと思ったりしますね。

マイルールを振りかざす人に怒りを感じるということは、自分はあんな人間では無い、マイルールを振りかざす人間では無いという前提があるからです。

 

が、そういうものを持つ人に縁が出来るというのは、自分の中に同じものがあるからなんですよね。

でも普通にしていてもそれに気付くことはまず無い。

だから、気付くキッカケとして、大きな衝撃的な出来事を用意して来る。

 

嫌でもそれについて考えざるを得なくなるように。

 

 

「私もマイルールを人に要求していた」

という気付きの他にも、そこから色々と芋づる式に多くの事に気付けると、その人は「運悪く遭遇してしまった自己中の嫌な奴」ではなく「自分の価値観を変えるために自分が用意した人」となるのです。

 

あ、念のために、犯罪や社会的な不利益に巻き込まれるかもしれないときなどに、そういう事を考えている「だけ」はやめて下さいね。

然るべき機関に頼り、対策した上で、考えるようにして下さい。

あくまでも現実的な対処が前提です。

私達が生きているのは現実の世界ですから。

精神性だけ求めていればいい世界では無いですからね。

 

 

 

…と、なんで長々と書いてきたのかというと、

私が最近そういう人に遭遇してしまったからなのです。

 

どう考えても一般常識から外れているのはその人。

でもこっちの言い分が通じないのはもう、少し話したらよくわかったのですよ。

あちらは「自分の考えこそが正しい」「それと違う考えをするあなたがおかしい」と事実言っていて、もうそれはどうにもならない、自分がどう対処するかという問題だなと。

 

なんで?

と思いました。

なんで今、わざわざこういう人と縁が出来るのか?と。

 

それで思い出したのは

「誰がやってるんだよ? …私か!」です。

その人との間にあって越えられない壁は「価値観の大きすぎる差」。

 

 

 

その人の「私が嫌悪感を催す部分」が私の中にもあるとしたら。

 

 

認めたくはないけど、だからこそ縁ができたという事なんです。本当に何も無かったら、縁が繋がるはずがないから。

 

もっと言えば、『私が』「その人の中にあるのと同じものが自分の中にあるのを、もう手放そうと決めた」からなのです。

 

それをあぶり出して私に自覚させ、価値観を転換するために選んだ(必要だった)のがその人だった、という事なんですね。

 

 

それともう一つ大きいのは、

「自分が(考え方もなにもかも)その人だったら、どうして欲しいか?」

「もっと別の(もっと注意を要する)ケースだったら私はどういう対処をしていたか?」

「もっとも注意を要するケースを想定して行動した場合、自分が被る損失は、果たしてどの程度か?」

「そしてその場合の損失は、それほど注意を要さないケースとして行動し、結果損失を被った場合、比べてどちらの損失の方が大きくなるのか?」

「目先のことに囚われず、もっと先を見たらどうなのか?」

 

というように、文字通り芋づる式に色々な考え方が出来るようになり、それは確実に未来の行動が変わるということです。

 

 

実際、その人との縁が繋がらなかったら(=その大きな出来事がなかったら)、

私は多分、ここまで深く自己を掘り下げることはしなかったでしょうね。

(ちなみにこれは、ブロック解除とは違うものです)

 

小さな気付きの促しはあったのかもしれませんが、私は一般常識はちゃんとあるという自負がありましたから、

「自分がマイルールを人に押し付けていたかもしれない」

なんてことは全く思いもしませんでしたし。

いや、実を言うと最近、気付いた部分もあります…。

(つまりこの流れは、前から始まっていたという事です)

 

問題はマイルール(信念ともいう)に絞って書きましたが、

実際のところはもっと大きいものがあります。

でもさすがにここでは書ききれないわ。

言葉で説明するのも無理っぽいし。

 

すっごくジプルに、現界的な言葉で言うとすると、

「その人の身になって考えるとは、どういうことか?」

という感じかな。

私が感じているものとは違うんだけど、なんとなく方向性はそれに近い感じ…かな〜。

でも文字通りその解釈で済ませてしまうと、違っちゃうんですよねー。

 

 

言葉での説明ってほんと難しいわ。

 

 

 

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