~~エネルギーデトックスワーク協会認定上級セラピスト・セミナー講師 NAMIです~
気が付いた、というと語弊があるかな。
前からそれはわかっていたんだけど、これを文章化したらいいんじゃない? と気がついたということ。長いのでタイトル向けに端折った。
どうしても自分のことベースで考えてしまうというのは、まああるとして。
「この炎症の元になっている『不要な』エネルギーをどうにかしたい」
と、一年位前まで…いや、もっと前かなあ、そう考えていた。で、それを狙って抜いたりもして、ある程度までは抜けた。
でもある時わかった。
私の体のことを言うと、膠原病というものを複数持っていて、二十代から続いている慢性炎症がある。
ある時、別の視点からそれを見ることができた。
どういうことかというとね。

「この炎症がイヤ」
「これの元になっているものを無くしたい」
「これは要らないもの」
という考え方で来ていたのよ。長年。
でも体は違うんだ、とわかる時があった。
確かに、炎症の元になっているものはある。それは確か。それは『現界的なものと限らない』というのも察した。とはいえ、現界に生きているから現界的な影響は一番強いんだけど。(最後のひと藁がそこじゃないこともある)
で、体としては私という意識とは少し違う。
つまり、「必要な炎症」というのがあるということだった。
元になるものが無くなれば炎症は消える。
でも私の場合は、そう簡単じゃないのね。
炎症です。要するに、「燃やして無力化(?)している」わけ。
いらないからと言って一気に燃やしたら、肉体的に維持できないものを持ってるわけ。だから、「慢性」炎症という形で小出しで出さないとダメなわけ。
これがなかなか言語化出来なくて(出来てしまえばえらい簡単な事だったけど)この前「ああ、そういう事ね!」とあっさりわかった。
こういう「いきなり腑に落ちる」みたいなのは、お風呂でよくある。
お風呂自体が浄化される場だし、「力が抜ける」というのも大きいんだろう。
とはいえ、もっと深いところも確かに腑に落ちてて、「これ書こう!」とも思ったんだけど、なぜかそこを覚えていないという不思議も多々あります💧
あの時、メチャクチャスッキリしたのになあ…。
まあ、そんなわけで、意識で捉える「不要」と体からみた「不要」の違い、という事でした。
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