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生きること、老いること

介護施設で入所者11人死亡 熊本、常勤医不在の4カ月(朝日新聞デジタル) - Yahoo!ニュース

 

yahoo!ニュースを読んで思ったこと

 

 

何を問題としているのか


この記事、何が言いたいのかな、と思ったのです。


介護施設で4ヶ月で11人亡くなったこと?

急変時、常勤医師がその場にいなかったこと?

耳鼻科医が半ば名前だけの常勤医だったこと?

なぜ80代の耳鼻科医に常勤を頼まなければいけなかったのか。

素人が考えてもそんなの無理だとわかるのに、それでもそうせざるを得ない訳があると普通思うよね? …という背景については取材したのか?

 

なぜ新しい常勤医が誰も来なかったのか。

医師にしてみたら、やりたくないという訳があるはず。だからなり手が居なかった。それは今回の施設に限ったことなのか、それとも全国的に言えることなのか。…という背景については取材したのか?

 

物事の裏に隠れているはずの問題は何なのか

 

物事には必ず裏があるものです。

そういう事を社会に知らしめて、問題の本質を示して、改善に向かうにはどうするのかを広く考えさせるのも、報道の役割でもあるはず。

でもこの記事は、表面的なことにしか触れていない。

 

どこに問題提起をしているのでしょう。

「こうでした。こうでした。こうでした。」

…それで?何が言いたい?

こうでした。の、その先は?というのが感想です。

 

介護施設の実情

 

介護施設の現状を一度でも「詳しく身をもって」取材をされたのでしょうか?あるいは、きちんと調べたのでしょうか?

 

昔とは違う現在の老健

老健は、確かにかつては「在宅への橋渡し」でした。だから、「元気な人ばかりのイメージ」を持っている人がまだ多いかもしれません。

ですが、今は違います。老健で看取りがなされることは普通になっています。

突然死の危険がある人が入所している事も、普通にあると思います。

突然死や急変の可能性のある人と、徘徊し転倒リスクのある人とを同時に見なければいけないという現実もあります。

 

家に帰れない人は多い

老老介護で家での介護が難しかったり、家庭での介護力がなかったり、ご家族が限界だったり、子供さん1人でご両親2人の介護をしなければいけなかったり、ご本人が独居だったりすれば、そのまま老健に居続けるケースはいくらでもあるはずです。


特養に移るまでの間と言っても、負担額の少ないところほど何十人という順番待ちというのは決して珍しくはなく、高額なところは比較的すぐ入れるでしょうが、家族にもご本人にも、そんな金銭的な余裕のある家は、そう多くはないはず。というか、少ないでしょう。

結果、老健で亡くなることも多いはずです。

 

 

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高齢者の抱える慢性疾患

高齢者は寿命の延びとともに数々の慢性疾患を持っています。1つ2つではありません。その上、免疫力も格段に落ちていきます。

要するに、「元気に見えても本当に元気ではない」のが、まずはベースなのです。

 

嚥下能力の低下から嚥下性肺炎

例えば、どんなに達者に見えても、食事の時にむせがなくても、しっかりと飲み込めているように見えても、じわじわと誤嚥していることは多々あります。

理想であれば、20分前後を要する嚥下リハビリを一人一人にすることが望ましい。ですがそれが可能な施設が果たしてどれほどあることか。50人、100人単位の入所者の規模となったら、現実的には相当限られるでしょう。

やがてそういう方は、嚥下性肺炎を起こして、高熱を出し、昼夜問わず吸引が必要になってくる。

 

突然の急変も起こりうる

心不全末期の方は、前日まで特に変わりなかったのに、突然の急変がありえます。

過去に心筋梗塞を起こした方もいる。脳梗塞を起こした方もいる。

ただですら脱水に傾くのが高齢者。その上動脈硬化も進んでいる。ということは、再びどこかに梗塞を起こす危険がある、つまり急変の可能性があるということです。

COPDの方だって多いと思います。安定していればいいですが、一たび肺炎を起こせばあっという間に状態が変わってしまいます。

そして、介護施設は病院ではないので、必要ならその度にご家族の付き添いの元、病院受診となるでしょう。度重なれば、ご家族の負担も無視できません。

 

人数だけではなく

状態変化の時に、ご家族にチキンと状態説明の連絡を入れたり、必要に応じて医療機関を受診してもらったりということを怠っていたのであればそれは改めるべきところですが、4ヶ月で11人という人数を非難(私には非難しているような書き方に見える)するのは、「施設というもの」や、諸々の背景についてちゃんとした下調べをしていないのだろう、としか思えません。

 

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いつ何が起きてもおかしくない怖さ

何が言いたいのかというと、4ヶ月に11人と問題にする以前に、どんな方がそこに入所していたのかをちゃんと取材したのかということです。表面上の病名だけでなく、どんな状態であったのか。

85歳を過ぎたあたりからは、いつ何が起きてもおかしくないのが高齢者の怖さだと私は思っています。

先に書きましたが、いくつもの慢性疾患を持ち、中にはそれが末期的な状態である事も多いのですから。


そして、そういう方ばかりが入所しているのが施設という場所です。

なおかつ、医療保険適応の場所ではないので、積極的な医療行為は出来ないのが老健というところです。仮に老健施設で何か医療的なことをするとなれば、かかる費用は全て施設の持ち出しになるはずです。

だから普通はご家族が付き添って医療機関を受診しているはずです。

 

 

報道の人には特に、介護の実態をもっと知ってほしい

話が少しそれましたが、そんな中で、何ヶ月に何人亡くなったということを、こういった論調で書き立てるのはちょっと違うのでは、と思うのです。

時々こういう記事を目にする事があって、その度に疑問を感じていました。

 

このような記事を書く前に、せめて1日でいい、介護施設の実態を昼も夜も体験されてみてはいかがかと思うのです。

何かをしろと言うのではなく、ただ職員の後ろをついて回るだけでも。

そうすれば、そこに働いている人々がいかに心身が疲弊している状態か、その疲弊がルーチン化している状態か、犠牲的精神と善意に大きく支えられている職場であるかが少しはお分かり頂けるのではないかと思います。

そして、制度の矛盾点も少しはお分かり頂けるのではないかと思います。


その上で、このように偏った書き方ではなく、現実をしっかりと見て、超高齢化の日本の将来のためにはどうしても避けては通れない、介護の問題を改善するためにこそ、記事を書いてほしいのです。

 

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使命感や犠牲的精神頼みの世界

看護も介護も、使命感や犠牲的精神に頼ってどうにかなる仕事ではありません。

私は、今は看護よりも介護の方がより深刻な状態で、早急に待遇の改善が必要だと思います。

でなければ、高齢者は今後益々悲惨な環境に追い込まれていくのは、おそらく誰の目にも明らかなのではないでしょうか。

 

介護をめぐる事件や事象

ネットを探せば既に、老老介護、独居の孤独死、介護に疲れ果てた上の、あるいは将来を悲観しての殺人、介護から端を発した家庭不和など、介護に絡んだ悲劇的な事件や事象はいくらでも見つかります。

 

人は誰でも老いるのです。

生まれたその時から老いに向かっているのが、生命の定めです。誰も老いて死ぬことからは逃れることはできない。

 

長生きしなくていいと思うようになった

私も老いたら息子たちに迷惑をかけたくない。

発達した医療のおかげで生き永らえさせられるのも、これっぽっちも望みません。

昔のお年寄りがそうであったように、食べられなくなってきたら食べられないままでいい、そのまま枯れるように亡くなりたい。

 

今の高齢者を取り巻く環境を考えると、私は長生きしなくてもいい、と思うようになりました。

もちろんこれは私だけの考えであって、他の誰に同意を求めるものでも強制するものでもありません。

 

高齢者が本当に幸せを感じることのできる社会は、きっと皆が幸せなのでは

 

高齢者が幸せを感じることのできる社会は、きっと皆が幸せな社会なのではないでしょうか。

先日の年金に関する報道もしかり、今の社会(制度)は、「年をとって金を稼げなくなったら、もういなくていいです。社会のお荷物です」と言っているように思えてしまいます。

 

そんな国で、誰が長生きしたいと思うのでしょうか。

 

 

 

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