去年、エネルギー的に墓石化していたパソコンを処分したのですが、この時に「テレビも相当だよな…」と思ったものの、まあそのうち、と思ったまま忘れていました。(私のあるある💧)
そもそもテレビを見ること自体がほとんどない(映画などを録画した時だけしか見ない)ので、なんか優先順位、低かったんですよね。
が。
「うわヤベェ、即処分しないと」
と気がついたことがあって、早々に新しいのを注文(引き取りも)しました。
引き取りの前に、ちょっと対処が必要(エネルギー的に)になっていたので、対処して、
まずは引き取り。
次いで、新しいテレビが同じ場所に来ました。
この時にビックリしたのが、テレビがなくなった後が、異空間みたいにメチャクチャ清浄になっていたこと。(事前に対処していたせいもありますが)
慣れてしまって全くわからなかったんですが、そんなに重い“モノ”が“入っていた”のかーと。
慣れって恐ろしい……毎日、常にそこにあることで、全然わからなくなるんだなあ。
しかも、「これは対処の上、早く自分のそばから離さないと」と一度は思いながら、忘れてしまえるという……。
で、今は同じ大きさのテレビが同じところに鎮座してますが、全然軽いんだわ、コレが。大きさ同じなのに。
何故、「早く対処の上離さないと」と思ったのかというと、ちょっとここには書けません。とある「いわく付き」なのです。
でも、メッチャ調子良くて、結構古いのに壊れる気配もなく(壊れればそばを離れる→目的が達せられなくなるから)ここまで来ちゃったんですねー。
まさにあのテレビは、キッチリと、課せられた目的を果たし続けていたのです。
もっとも、課した人自身にも、無自覚ですけど。ただ、それなりのものは、受けてしまっていますね…。
この話の怖いのは、「無自覚に」やってしまうというところ。
この辺りのことがわかるようになってから、私は人にあげるものは、「あとあとまで残らないもの」を選ぶようになりました。
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