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生きづらい自分を変えたいと思いますか? 占術とエネルギーデトックスワーク

『この世界の片隅に熱』が、突然終わったわけ

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世間は10連休という、なんとも羨ましいゴールデンなウィーク中ですが、毎度ながらなんの関係もなく仕事にいそしんでおります。

 

 突然始まった「この世界の片隅に」熱

 

 

突然始まって突然終わった背景に何が?

 

突然謎のスイッチが入り、何日もの間、日に2、3度は観ていた

「この世界の片隅に」のDVD。

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同じものばかりの偏りがすごい - Harmonize

 

始まりも突然でしたが、突然終わりました。

先日の突発的な不眠の日

突発的な不眠に効いた、エネルギーデトックスワーク - Harmonize

から終わっていたらしく、以後は全く観たいという気が無くなっていました。

 

何か必要があって観ていたようなので、それが潜在意識に落とし込まれたのかな? とにかくひとまずは終わったんでしょうねー。

何の必要があったのかしら。

それはひとつじゃなくていくつか(いくつも?)あって、そのうちのいくつかはわかりますが、全部正確にはさすがにわかりません。

顕在意識寄りのものもあるし、潜在意識寄りのものもあるし、潜在意識寄りでも深いのと浅いのがあるし。

現象的にも丁度その辺りに出来事がいくつか連なっていたので、まぁ何かしら動いたんだなというのは確か。

 

その中から、「コレは他の人にとっても広く浅く共通する部分がありそうだな」というところを書いてみようか思います。

 

 

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「この世界の片隅に」のお話の中から

 

私が思うところを。なお、ネタバレがありますので、これから観ようという方は注意を。

 

この作品は、ご存知のように原爆投下前後の広島を舞台にしたお話です。

 

 

選択によってつくられる人生という道

 

作中、周作さんの口を使って言われる言葉で「選ばなかった道」というのがあります。

人の人生は、その時その時のどんな小さな些細なことでも、選択の結果(だから自分が作っているのだし、であればこそ、自分の人生に責任を持つという気持ちが必要)だと思いますが、まあそれと同じような事を周作さんが言っていますね。

 

あ、そういえばお姉さんの径子さんも、「好いた人に早く死なれた。子供とも離れ離れになった。(径子さんの息子は夫の死後、夫の実家に跡取りとして引き取られ、娘は疎開を目前にして爆死。この時すずさんは右手を失う)それでも自分で選んだ道の果てだから、後悔はない」と異口同音に同じ事を言っていました。

 

目の前にあった、被爆の可能性

 

次に、「波動が違うと体感等色々起きてくる」という事を少し前に書いていますが

波動の変化。3月と4月での大きな体感差を考えてみる - Harmonize

すずさんの前には、「ひとつ何かがズレていたら、被曝するという道」が沢山あったのです。

 

①まず、すずさんは幼い頃から水原さんに惹かれており、事実水原さんと一緒になるという道も潜在的にはあったのではないかと思うのですが、周作さんからの求婚を受けて呉に行っています。

②スミちゃんがすずさんに「広島に帰っておいで」と言ったのは、「8月6日の江波のお祭りの前に」でした。

すずさんはお祭りに間に合うように帰るつもりでいましたが、病院の予約が取れなくて、出発を8月6日の昼に延ばしました。結果、呉でキノコ雲を見上げたのです。

③原爆投下直後、呉から救護の人々が広島に入っていまして、すずさんはこれに参加したいと強く願っていました。が、大怪我をしていたので、「ダメだ、連れていけない」と言われ、広島入りは叶いませんでした。

 

ざっと挙げただけでもこれは全て、すずさんには「被曝する」という道があったという事。

それが、己の選択や、そうならざるを得なかった状況によって、その道を進むことにならなかったという事が淡々と描かれています。

(作者さんにその意図があったのかどうかはわかりませんが)

 

自ら選んだひとつの道、そこから繋がるひとつの未来

そして、これは私個人の感じ方なのですが、その道が無くなった瞬間は、すずさんが「呉におってもいいですか。ここに、居らせてください」と径子さんに言う、つまり自らの未来を自分で選んだ、決めた時だったのではと思うのです。(その発言の直後に原爆が投下されている)

 

別の言い方をすると、自ら決めた道は、被曝する道とはつながっていなかった、という事。

 

更に、この選択の先にあった結果のひとつが、後に出てくる「広島への救護に向かう」という道が無くなったということ。現界的には単に、「けが人は連れていけないと断られた」でしかないのですが、その裏にはいくつもの糸が絡んだり切れたり繋がったりほどけたり…があるのだろうと思うのです。

 

そしてここからは作品とは離れた話になります。

 

いる位置によって見える道が違ってくる

 

これは私が感じることですが、どの道を進むのかというのも、その時の「いる位置」が大きく作用すると思います。

いる位置って何? ひとつ例を挙げると、そう、波動(的なもの)です。

なお、波動と一口に表していますが、単なる「波動」、「波」というのとは違うのです。人の感覚から言うと、もっと複雑な感じがします。

が、高次からいうととてもシンプルなんだそうです。確かにね、自分で決めた(選んだ)ように道が出来ていくんだから、シンプルですよね。

 

ついでに言うと、自分で決めた(顕在意識に上らせずに決めた事であっても)事に応じた人、もの、環境etc.が、絶妙なタイミングで現れてくる。好むと好まざるとに関わらずです。

 

いる位置によっては全く見えてすらいない、ある事を認識すらできない道もあり、逆にそこしか見えない、それ以外は見えない、という道もあるのです。

 

地下にいたら地上は見えないのと同じ。

雲の上にいたら雲の下が見えないのと同じ。

であれば、俯瞰してみることのできるところから見たほうがいいに決まっている。地下からは地上はおろか、遠く離れたところは見れない。でも、上にのぼると遠くまで見渡せるのと同じで。

 

 

あーー。

もっと書きたい事があったのになあ。この程度までしか書けません。残念。

 

 

取り敢えず今日のところは、まとめると、未来は自分の選択が創る、ということです。

 

続きはいずれ。

 

 

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