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エネルギーデトックスワーク協会認定上級セラピストのブログです。不調の原因は、体に溜まり続けた不要なエネルギーから来ているとしたら? 不要なエネルギーは、抜くことができます。エネルギーデトックスワークは、それができる『技術』です。

やっぱりピンときた時に動かないと…という出来事

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先日、「整っている時にピンときたことは、ほぼ当たる」というようなことを書きました。

じっくり考えて来る予感ではなく、瞬間的に閃くことです。

またありました。

仕事中に「あれ?」と違和感があったんだけど、時間的な余裕がなくてスルーしてしまった。

 

これが「やっぱりあの時、ピンときた通りに動いておけば…」という結果に繋がりました。結果論と言えばそれまでですが、多分あのピンときた時に行動していたら、別の軸にいけたんだろうな。わたししか気が付かなかったと、後で判明したので。

 

 

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自分だけのことなら「あー、機会を逃しちゃった」くらいで済みますが、自分以外がそれに関わるとなると、また話が違ってきますね。

といっても、責任を感じるわけではないんですが。人のことはあくまで人のことだし。(以前は絶対おかしな責任感を感じたと思う)

 

ただ、最近こういうことが増えているので、「自分で思うよりもずっと整ってきているのかもしれない」とは、さすがに思うようになりました。

 

貶されて育ってきたわたしは、ずーーーっと、自己肯定感が非常に低い人間だったので、自分の思う「自分像」と、「実際の自分」との間に結構な開きがあって、それを見せられている感じがしますねー。(自分に)

 

でも、面白い。

 

 

 

 

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時間をかけてきた変化は気付きにくい

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以前は、欲しいと思ったものも、なかなか手が出ませんでした。

買えるんだけど、おかしな制限をかけていて、「それよりグレードが低いものを買う」というのが決まり事みたいになっていました。

本当に欲しいものが手に入ったわけではないので、心は満たされていない。だから、また別の形で別のものを手に入れる。

 

もうひとつ謎の制限で、「新品が買えない」というものも。めちゃ高いブランドものならまぁわかりますが、新品で手が届くものでも同じ。結局これも、どんなに状態がいいものを手に入れても本当に満足していないのです。あ、全てのものが満足できないというわけじゃありません。自分の中で特に「この部類のものは、ダメ」というのが、今思うとありましたね。

 

徐々にそれが外れてきて、二、三年。

 

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人混みが超絶苦手な性質上、買い物はネットが多いのですが、ポチする時の圧迫感や自責感がかなり薄くなってきたなあ、と思います。あ、だからって、のべつ幕なしに買うとか、経済力を超えて買うというのとは話が違いますのでね。買える範囲においてということです。

 

「前だったらこれすら買えなかっただろうなあ」

というものをポチると、その度に変わったものだな、と思います。

変化がごくわずかずつではあっても年月を経ると、自分でもよくわかる結果になっている。

言い換えると、ごくわずかずつの変化だったから大きな反動なく来れるのだろうな、とも。

 

あとは毎年恒例のセッションで、「考え方や行動のモデル」となるものが見えたから、というのもありますね。

 

 

それ自体が好きだから深く考えなかったけど、なんとなく惰性でやり続けていて、ある時ふと「本当にやりたいことなのか?」と考えたこともあります。

前よりそれが心待ちではなくなっていたり、何より「どうしようかと悩む」ってことは、もうそれほど望んでないんだな、惰性だったのかもな、と気がついて、やめてみたこともあります。「やっぱりやりたい」となったらその時でいいし。でも多分その時は、これまでとは違うやり方になるだろうなという気はしている。

 

今年に入って早くもそういった「静かな変化」が出てきて(気がついて)いて、過去あった派手で大きな変化とは違うけれども、負担は少なくていい。その代わりこちらの変化は、時間をかけてきている、ということです。だから自分で気が付きにくいかもしれないけれども。

 

 

 

 

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いつもと違って冷えた体の夜勤明け

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夜勤明けで、家に帰るまでの間に用事を詰め込むことが多い。理由は、翌日の休みに丸々休みたいから。

明けの日の午前中は変な高揚感があって(抗ストレスホルモンの働き)昼くらいまでならシャキッとしているんです。

でも昼過ぎると、反動でものすごい眠気が来るので、動くのはそれまでの間。

 

先日の夜勤は、職場から家とは反対方向に走って一件用を済ませ、それから家の方向に向かって三件用を済ませる予定だった。

 

この日は妙に眠気が強くて、二件でやめた。

わたしには珍しく、仕事中の仮眠明けは目覚ましになった。いつもは目覚まし不要。(普段朝起きるのも、滅多なことでは目覚ましで起きない)

そんなわけで、仮眠から起きた時に「体がいつもと違うかも?」という気はしていた。

 

で、用事は「どうしてもこれだけはここで済ませたい」というやつだけにして、「あとでもすぐには困らないでしょ」というのは翌日以降に回した。

 

帰るまでの間は砂糖を使っている飴でエネルギー補給。そして現在沼っている例の「義勇さんの痣覚醒サウンド」をはじめとした和太鼓を聴きながらでした。

 

帰って風呂の用意をして座ったら、風船から空気が抜けたようになった(笑)

いつもと段違いに強い睡魔が来て抗えないので、とりあえず一回寝た。その場でごろ寝。30分くらいかな。

前に、ここで我慢して風呂に入ったら変なふうに目が冴えてしまって、夜になって寝ても2時間おきくらいに目が覚めて、よく寝た感が薄かったことがあった。以来、眠くなった時はとりあえず即寝る、というやり方をしている。

 

 

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で、その後にお風呂に入って、「いつもと全然違う」というわけがよくわかった。

体がものすごい冷えていた。

これ、自分では全然わからなくて、お湯につかって初めて、冷えていることに気がついた。

たまーーーにそういうことはあるけど、とにかく芯から冷えていて驚いた。

やっぱり「いつもと違うな」という感覚は、その通りだったのねー。

 

熱めのお風呂じゃないと満足できなくて、いつもより熱めのお湯に長めに入って、やっと温まった。

 

軽く頭痛も出ていたし、もしかして、風邪ひく前兆かな? と思ったけど、それ以上のことはなかった。

 

夜勤て、あんなに体が冷えるんだなあ。仕事中はむしろ、真冬でも汗かくくらい忙しいのよ。でもその汗は、やっぱり自律神経に無理を強いている汗なんだなーと改めて思った。

 

だからこそ十分なエネルギーを入れながら夜働かないとね、と思った。で、この夜勤は、いつも持っていくエネルギー補給のものを持っていかなかった、というのが実はありまして。

なんでもないものだけど、あるとないとじゃ、こんなに違うんだなあ…。

 

 

 

 

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整っている時の予測や勘は当たる

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タイトルまんま。

 

整っている時の勘は当たるなあ、と実感します。ただ、その勘を掴めるのか、更に行動に移すのかどうか、というのは残念なら別の話なんだなあ。

わたしの場合は閃きが確かにあったのに、スルーしてしまうことも結構多い。で、後になって「あの勘、メッチャ当たってたんじゃん…」と愕然とする。

その閃きが来た時に行動しておくと、行動していなかった道とは絶対差が開いたな、というのがわかる。わかるから、「あー、あの時スルーしちまった…」とちょっと残念がる。

 

 

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整ってきたのかどうかという指標としては、

わたしは

 

  1. 体調
  2. 妙に運ばれ感がある(自分でそう運んでいるだけなんだけど、あくまで感覚として)
  3. 閃きや勘が冴えている

 

この辺りを目安にしています。

まず体調をあげているのは、不調が当たり前の体でずっと生きてきたから。

体調がいいというのは、わたしにとっては単に体だけのことではなく、全てにおいて上手く回っているという実感を伴っています。

反面、体調がどこかしらおかしい時は、どこかしら歪みが出ているという証になっています。これがほんと、体だけではないのが面白いところ。ただ、歪みが出ても、普段整っていると改善の道も見えやすいというのはありますね。歪みの原因に行き当たりやすいといいますかね。

 

まあそんな感じなので、整っている時の勘や閃きには、もう少し敏感になりたいところだなあという話でした。

 

理由は単純に、勿体無いから。

 

 

 

 

 

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説明の難しさよ…

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突然ですが、長男が痩せていまして。

175センチほどあるのに、わたしと体重が6キロしか変わらない。

ちなみにわたしは161センチ。

食べてないの? と聞いたら、食べてるけどたくさん入らない。だからすぐにお腹がすく、とのこと。

何がおかしな病変がある、ということはなさそう。でも見るからに筋肉と皮下脂肪が落ちている。

 

 

何かあるはずだな、何だろうな。と思っていたのですが、先日うちに来たので、ふと思いついて聞いてみました。

「○○は、どういう風にとってる?」

というのを、二種類。

原因がそれではっきりしました。

わたしが去年陥った(←膝に炎症を起こして水が溜まったあの一件)「エネルギー不足から来る組織の溶解」でした。

 

息子はコーヒーを飲みますが、コーヒー(カフェイン)ってエネルギー代謝を上げるんです。エネルギー源となる糖(本物の糖)がないと、体はエネルギーを得るために体組織を崩します。崩すために更にエネルギーを消費するし、崩された結果副産物みたいにでてくるものがまた、悪循環に陥らせる。

(それ以前に、大前提の大事なことがあるんですが)

で、聞いてみたら、コーヒーの量に対して糖が全然少なかった。それじゃほぼブラック。ブラックでもエネルギー源を見合うだけとってれば問題ないんですけど。

あー、そういうわけだったか! と、あっさり納得。

余談ですが、「コーヒーを常飲している人は健康で長生きする的な記事」「コーヒーを常飲している人は不健康である的な記事」という真逆なものを目にしたことはないですか?

単純な理由です。

エネルギー源を同時にとっているかどうか、というだけのこと。それによって結果が違ってくるだけ。

 

 

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やっぱり痩せてくるというのは、職業柄、変な病気を想像しちゃうんですよ。でも元気なんだよな.とは思っていたし、悪いものがあれば、すでに症状が出るだけの期間経過しているので違うな、というのは分かったんですけどね。

悪液質とか末期の糖尿病みたいな痩せかただと、そうも言っていられませんでしたが。

 

蓋を開けてみたらシンプルな原因でした。

実は他にももうひとつ原因がありまして、ダブルでエネルギー不足になる事をしてきたというわけです。そりゃ組織が分解されるわけだわ。

 

結構前にその辺の話は教えてあったんですが、わたしと息子で、さじ加減が全然違っていたという事ですね。

説明する時って自分の基準になるので、具体的に示すことって大事だなあと思いました。

 

ここで方向転換して、状態変化にはまず三ヶ月が節目といったところなので、春ごろにどんな感じなのかを聞いてみようと思います。

 

 

 

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正月夜勤

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元日夜勤から帰って、翌朝、外を走る車の「バリバリ」という音に、「雪積もってる?」と気がついて起きました。

あー、そういえば、職場のテレビがそんな事言っていたなあと思い出す。

 

今年1発目の夜勤は、これまでと全く違うタイプのアクシデントが起こりました。アクシデントでないか。「事態」だな。

 

全く予想していなかったということではなく、「もしかしたらそういうこともあるか」ぐらいには考えていたこと。

ただ、そうなった時の影響は結構大きいだろうな、というのも頭の隅で考えてはいました。

 

 

実際にその事態が起きて、意外だったのが全く精神的に揺れなかったこと。

すでに自分の中で生まれていた「出来ることしかできない」といういい意味での諦め、これが効きましたね。

実際、優先順位やら物理的にキツいことやら加味して、「申し訳ないけど」と日勤に任せたことも出てきましたし、勤務が終わってから「アレがまだだった」と気がついたことも。

 

前だったら、「とにかく完璧にして継がないと」という考えに凝り固まっていたから、すごい焦りが出たと思います。他の人が「ここからは任せる」と判断することでも、以前の私はそれが出来なかったので。

 

 

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それともう一つ、以前から度々あることなんだけど、「自分にはどうにもならないことでの運ばれ感」。これが今回もものすごく大きかった。それもまた自分が選んだ結果なのだ、と頭ではわかっているんですが、ホントに「自分で選ぶ」という範疇から遠く離れたところのことなので、これにはそういうことが起きるたびに驚く。

これもまた、普段からの整えかたの影響なんだろうなあ。

上手く言えないけど「その道に辿り着けるように整えた結果」「その果に行き着けるように選んで来た」ということなのかなあ。

前はこれは全てガイドの調整力と思ってきたのだけど、それがいなくなったいまは、そうと考えるのが一番しっくりくる。

 

まあそんな感じで、終わってみればやっぱり得難い経験になったのと、以前経験したこともちゃんと助けになっていることが分かったりと、精神的な疲れがほぼ無かった。それも意外だった。

あ、当然、夜勤中の休憩時間にはいつものエネルギー的・スピ的対処もしています。

加えて、ずっとハマっている【義勇さんの痣覚醒の音楽】を聞いて和太鼓にしびれていました(笑)

エネルギーデトックスワークは帰ってから。

 

つくづく、いろんな閾値が上がっている。

 

 

 

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前癌状態と言われて五年目

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今日の記事はあくまでわたし個人としての考えになります。

今後もエネルギーデトックスワーク以外のことに関しての記事は、協会とは全く関係ありません。

 

 

 

過去、「どうしてもこのがんにだけはなりたくない」というのがありました。

学生の頃、教科書で見た、ある系統のがん末期の人の写真に、ものすごいショックを受けてからです。(今はおそらく、あのような酷い写真は載せないと思います)

誰しも、がんになりたくないと思うでしょうし、私もそうです。中でもそのがんには、心の底からなりたくないと思いました。そのくらいショックが大きかったのです。

 

2年ほどして、80過ぎの祖父がまさにそのがんになりました。

 

大好きな祖父が、いずれあの写真のようになってしまうのかと、大変な恐怖に襲われました。

幸いなことにそうなることなく、しかしながら10年ほど後に別のがんで祖父は亡くなりました。

 

そしてそれから何年も何年も経ってから(それが5年前)、私は突然、まさに恐れていたその系統の前癌状態の可能性が高いと言われました。

 

 

勿論、前癌状態の全てが癌になるわけではなく、ならない人も大勢います。

 

 

私の場合、出来るのは、状態(症状)がひどくなればステロイドで抑えつつ、がん化を早期に発見できるよう経過観察する。原因はわからないので治せない。

そして確定診断には生検が必要。

 

当時の私は、何年もの間、自己免疫疾患が複数あったので良かれと思う一心で、ガッツリと糖質制限と油(オメガ3&6)の積極的摂取を行っていました。そのほかにも世間的にいいと喧伝されていた食事療法も。

人一倍健康には気を遣ってもいました。

 

 

 

なのに、前癌状態? なんで?

 

 

 

何年も何年もこんなに気をつけて来たのに、

自己免疫疾患複数発症の上に前癌状態?(それも、またしても難病)

 

 

どういうことよ?

 

 

悶々とする中、ふと思ったのが

 

「果たして、私の体にとって望ましいことをして来たのだろうか?」

「もしも私の体にとって間違っていることをしてきたからとしたら?」

 

ということでした。

 

あの写真のように自分がなってしまうのか、という凄まじい恐怖の中、ストレスのために吐き気や頭痛を催して動けなくなったこともありました。(激しいストレスによる体組織の分解のループだったと、色々勉強し直した今ならわかります。この時は短期入院しました)

 

そんな中で「私にとっての真実を知りたい」と思いながら情報を得て(海外の文献から遡って集めた。当時はまだ、どうにか手に入った。今は多分、入らないと思う)やがて確信したのは、「(少なくとも私には)このやり方は違っていたのだ」という事でした。

 

 

 

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私が何年も何年も取り入れて来た、半ば常識化した「健康神話」は、何年前から生まれ、喧伝されて来たのだろう? 

 

そもそも生物として生命を維持しようとする体の働きや機序が、時代によって変わるはずがないよね?

 

それなら、今のような「常識」が喧伝される前はどういうことが「常識」だったのだろう? 

その背景には何があるのだろう? 

そのおかげで経済の動きはどう変わったのだろう? 

それで何(どこ)が有利になったのだろう?

政治的なことは絡んでいないのだろうか?

日本以外ではどんな研究結果が出ていたのか?

世に(特に日本)出ているエビデンスと言われるものが、これほど偏っているのはどうしてなのか? 

本当に比較が出来ていることなのか? 出来ているというなら、どういう形での比較をしているのか?

それは客観的と言えるのか?

結果ありきの、望む結果を導き出すための研究なのだとしたら? つまり、研究のための資金はどこから出ているのか? スポンサーの不利になる結果なんて出せるはずがない。

 

 

…などなど、本当にボロボロと疑問が出てきて、色々調べた結果です。

コロナ騒ぎが始まった時にもスゴイ気持ち悪さを感じて散々調べましたが、それと同じくらい(もっと必死だった)に調べましたね。

 

結果、私は考え方を180度変えました。

 

何年も何年も信じて来たことを真逆にしたのですから、初めは不安もありました。

でも、何よりも自分の体が「違う」ということを示している。

 

果たしてどうなのかは自分の体で確かめるほかはなく、これが間違っていれば状態はより悪くなる。しかも、すぐに結果がわかるような種類のものじゃない。

 

すでに前癌状態。

体は食べたものと入れたもので作られる。

ここまでにやって来た何かが違うことだけは間違いない。だったらもう、やってみるしかないじゃない、と。

幸い自分ひとり。結果を被るのも自分ひとり。

 

問題は、すぐに結果となって出ないこと。変化を実感するには、まずは半年は最低必要だろうと思っていました。(半年もしないで変化が来ました)

 

同時に、ストレスを軽減するために夜勤回数を減らしました。(生活がありますから、完全にやめることは出来ませんが)

体調に関しての記録も始めました。体調と、その時に食べたものや、その時の精神状態、生活上であったこと、睡眠や仕事のハードさとの関連性など。

あとは、幸いなことに自分のエネルギーがわかるようにもなっていたので、エネルギー的にもどうなるとどんな風に変わっていくのかも。

 

それからこれも、かなり大きな影響を及ぼしたと思われるのが

『あのがんにだけはなりたくない』

『これ以上病気を増やしたくない』

『この状態を良くしたい』

と、何年も何年もずっと思い続けて来たという事がありました。これはつまり、

『(あの)がん』

『自己免疫疾患』

『病気』

にフォーカスし続けて来たということです。

 

『健康になるために』

ではなくて

『○○にならないために』

『コレをなんとかしたい』

『この私じゃない私になりたい』

ためにやり続けて来たということです。

 

フォーカスするとどうなるか?

車を運転している人にはわかると思いますが、

見ている方へ進んでいきますよね。

 

なりたくない方、

嫌な方にフォーカスすると、

そちらへ進んでいくということなのです。

 

 

更にはアイデンティティが何年もの間

『自己免疫疾患をいくつも持っている体の私』

だったということでした。

 

 

元日早々、なかなか重めの記事を書いていますねー。

朝起きて、「あー、ほんと調子いい…」と実感したら(と言っても、何もないわけではないですよ)前の状態を思い出して、年の始めに書いておこうかな、と思いました。

 

「ほんと調子いい」と思ったのは今朝、ドライアイがすごい改善したなあ、と思い出したのがきっかけ。

冬場のドライアイは、シェーグレンには結構苦痛なのです。1日何度も差していた目薬が要らなくなって、どれくらい経つだろう。

 

 

前癌状態という重いものを書くことに、ずーっと躊躇いがありました。実はこの記事、一番始めに書いたのはもう三年も前なのです。やっと日の目を見ました。

 

 

ただ、わたしの場合は体の面の他にも(エネルギー的・スピ的に)何年も対処し続けていたから、そのおかげも大きいのは否めないです。

それでも、この世で生きるために一番大事なのは【体の維持】と思っています。これはブレません。

 

 

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2025年12月を振り返る

 

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今年も最後の1日。明日はもう夜勤が入ってるよ。で、4日から通常勤務だよ。

 

今月は。

鬼滅の刃の音楽にハマりまくっていた。

もちろん映像にもハマり続けているんだけれども、特に音楽にハマり続けている。

 

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公式からは無限城編のサントラはまだ出ていないけど、探したら色々あるのよねー。

同じテーマの曲でも創る人によって色が全然違っていて、「うわこれ、どっちも欲しいんだけど」と買い漁った。

 

善逸と獪岳戦とか

義勇さんの覚醒とか

義勇さんと猗窩座戦とか。

 

ピアノやシンセサイザーや、特に和太鼓にしびれるーー。

 

そもそも無限城編の一章は推しの二人が出てくるから、まあハマる。

特に義勇さんの「守る」という一念が泣ける。あの気迫が音になったかのようなサウンドは、そりゃすごいの一言。早く公式から出ないかなあ。

 

無限城編は三章構成だけど、きっと上弦の壱戦までで、無惨戦までは入らないよねー。無限城編のあと無惨戦編、その後で炭治郎鬼化の場外戦(?)編だろうなあ。量的に。

三章目になるだろう兄上編も、兄上と縁壱との回想が楽しみだわー。「おいたわしや兄上」の場面、映像で見たい。でも二年先くらいになるのかな…長いな。

 

 

えーーと、他に12月の振り返りは。

やばい、思い浮かばない(笑)

どれだけの沼にハマったのか💧

 

 

 

 

 

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2025年を振り返る

 

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はい。今年の振り返りです。

 

 

①動じなくなった。  

動じます。人間ですから。

ただ、その振れ幅が絶対小さくなってるのね。

とにかく「不足部分はどうにかしないと」「出来ないことは努力で出来るようにならないと」「これがこうなったらどうしよう」みたいな【自分を追い詰める】という傾向がとにかくやわらいだ。

これがもう、本当に楽。

やることやっていてそれでも追いつかないことがあれば、もうそれは仕方がないことだよね、という、いい意味で諦められるようになった。なかなかその諦めが出来なかったのよ。強力な自責の方に行ってしまってね。

所詮、出来ることしか出来ないんだよね、というのを理解したと言いますかね。

 

(ちなみにこの変化はこちら

によるところがかなり大きい)

 

とてつもなく大きな楔が抜けた感がある。

これのどこがすごいかって、あらゆることに関わってくるというところ。

本当に、捉え方、考え方、諦め方、といった姿勢? 選択の仕方? そういうもの、全てのことに関わるのですよ。つまり人生の運び方に関わるということです。大袈裟じゃなく、そういうことです。

だからこそ思う。「せめて十年早くここまで辿り着いていればなあ」って。

わかるのよ、辿り着くまでに不必要なものは、何一つなかったことは……って、実はそうじゃなかったということも、無駄に手を出していたと言うことも、今はわかってるけど(笑) つまり、そういう「実は不必要だった」ことに激しく消耗していたエネルギーを、本当に自分が望む別のところに使えていたらな、というね。

 

2つ道があれば、必ず苦しい方、苦労する方、厳しい方をなんの疑問も持たずに当たり前のこととして選んできた若い頃。いや、つい最近までそうだった。

客観的に見れば「なんで?」ということでも、謎フィルターがかかった目で見てたから全くわからなかったというこの怖さ。ここにどれだけの楔が打ち込まれていたのか。

 

その選択の上に今の自分がいるから後悔はないけれど、やっぱり思うのは、「もっと楽に生きてくることも出来たんだなあ」ということでね。

楔、恐るべし。

 

このところ謎に「余生感」が強いのも、そういうのも関係してるんだろうか。

 

 

 

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②体の不調が出てくるのにはちゃんとは訳があるのだと、体は教えてくれる。

 

一言で言ったら、体って入れたもので出来てる、ってことなんです。

 

高校生の頃、半月板損傷で手術をしている左膝。

ずーーーっと調子が良かったのに、じわじわと腫れてきた。つまり、俗に言う「水が溜まる」というやつ。

負担が掛かったわけでも、ひねったりしたわけでも無い。

食の転換をしてから秋で五年目に入りましたが、とにかく調子がいい。なのになぜこうなるのかがわからなくて、でもだからこそ、肉体的に何か原因はあると思って探りました。

 

原因は「エネルギー代謝をもっと上げようとして摂りすぎた」ことが原因では…と割とすぐに行き着いて、それを改めたら、あっさりと消失。

(→代謝をあげようとして過度に摂ると、原料がなければ体の方はストレスホルモンを出してリポリシスとかプロテオリシスとか起こしてきます。原料が潤沢にあればなんの問題もないけど、わたしの場合はやりすぎた。まさに過ぎたるは、というやつ)

 

とはいえ、内腿の筋肉が落ちていたり体幹が衰えていた自覚もあったので、以来その辺りを衰えさせない筋トレ(「トレ」と呼べないくらいのゆるいやつ。でないと、本来怠け者なので続かない)を継続してもいる。足の重心の乗せ方とか歩き方とか、足裏の着き方とか、段差の昇降の仕方とか、それまで無頓着にやっていたことも意識してやるようにもしている。

その甲斐あってこちらの方も調子いい。

仕事で移乗やら移動やら山ほどやるけど、これまで自分の方の重心なんて考えずにやってたから、そういうのもこんなに大事なんだなあとわかった次第。

だからこれはこれで良かった。

ぶっちゃけ、しんどい時もあったけど、もう同じことは無いでしょう。

 

 

【追記】

保存したと思ってたら予約投稿でUPされてた(笑)

 

③「これには手を出す」と決めて手を出した

 

実家の母のことです。母のためもあるんだけど、本当は父のためです。その時の父の置かれた状況がわたしにとっては辛かった。

怒りもあった。

実家との関係悪くなるかもな。手を出したらわたしの負担はかなり増えるな。

ということも納得の上。

「何もしないでこのままでいる」

「それで被る負担を分った上で、手を出す」

の二択から、

「ぶっちゃけどっちも嫌だけど、それでもどちらがより自分にとって心が安定するのか」

という価値基準で考えた。

で、「負担増でもより心が安楽でいられる方」を選んだ。

 

予想通り、物理的な負担は増えた。でも心は安楽。うん、これでいいわ。という感じ。

ここでも「出来ることしか出来ない」というのがあるので、諦めどころもちゃんとある。

以前のわたしだったら、諦めることそのものを罪悪としていたので、この選択は結構地獄の決断になったろうな。

 

 

④来年に向けて・セッションで出来た「モデル」に沿う

 

今年終盤は、セッションで出てきた「モデル」に沿って考えてきました。

これを来年も継続させていきます。

このひと月、主に形から入っていますが、より自分のものとして落とし込めればいいなあと。

 

 

来年の今日、どんなことを書いているのか楽しみ。

 

 

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冬至もクリスマスもいつの間にか終わって

 

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冬至も終わって昼が長くなっていきます。嬉しい。

クリスマスも全く眼中になく、更に年末年始のイベント事に疎くなってきました。そもそも年末年始関係ない仕事だし、ひとりだし。

 

タイヤ交換も終わってるけど、出番あるかな。もちろん無い方がいいんだけど。

今年はそれほど寒くなくて助かる。子供の頃は師走といったら冬という感じで、霜柱ができていたし、軒先にはつららもできていたもんだけど、そういうのを見なくなって久しい。

 

 

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あと何回くらい、「平和な」年の瀬というものを体感できるのだろうな?

色んなことが起きているのは知っているし、ここに生きている以上は、もしかしたら無関係ではいられなくなるのかもしれないけれども、反面「なんか違う感」も半端なく、この乖離した感じをどうしたものかと考えている。考えてみるけど、別になんとかしなきゃいけない種類のものでも無いことも、わかっている。

 

色んな意味で自分はまだ「現役」なのだと思っていたけれど、もしかしたらもう「余生」に入ったのかなーとも思う。それをどこかで感じてしまっているのかなーと。

そのくらい乖離した感じが強い。そしてその感覚の理由がわからない。

といって、そのわからないワケを知りたいとも、別に思っていないんだけど。

 

年末だからこういう感じがするのだろうか。

 

 

 

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運ばれているのではなく選んでいる

 

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食に関して180度の転換をしてからこの秋で丸四年。五年目に入ります。

変化はすごかった。

あれほど色んなところに慢性炎症が出ていたのに。あ、今も出てますけどね。出方が四年前とはぜんぜん違うのです。

 

炎症の他にも、

年イチでホルター心電図をしていたのが必要なし。

下腿のむくみは出なくなった。

夜の中途覚醒の激減。

微熱は全く出なくなった。

あとは、膝の古傷から来る腫れも出ない。(今年、数年ぶりの腫れが出ましたが、原因を特定して改めてからは嘘のように引いた)

職場で感染症が蔓延しても感染しない。(実は、薬剤でアナフィラキシーを起こしてから、八年間予防接種をしていません)

レイノーが出ない。末梢冷たいけど。

 

何よりも体がすこぶる快適で、体のストレスに関しての閾値が格段に上がったと思う。

これが一番ありがたい。

体が快適って、何にも代え難いなとしみじみ思う。精神的なストレス閾値も上がったと思う。

 

 

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食の180度転換をしたのは、とある診断がきっかけだった。あれがなかったら転換していなかったと断言できる。あれがあったから、「こんなにやってるのになんで?」と、疑問を持てた。

それで、「本来の体の働き」について先入観を取っ払って深く情報を漁ったら、いろいろ疑問が生まれて、勉強し直して180度の転換となった。

あの当時私が見た文献は、今も見られるのかなあ。今ほど情報に規制が掛かっていない時だったから、見れたのかもしれない。(当時もすでに、ある方向性の情報がまず出てくる感じだったけど)

そう思うと、あのタイミングは私とって絶妙だったのだろうな。

 

その前にはすでにスピ的・エネルギー的に対処できるようになっていたことも大きい。

上級になったのが2018年。その時には既に毎日不要なエネルギーを抜くのはルーチンになっていた。

そういう下地があったから、「なんか違う」という『体の声』も聞こえたんだろうなと思う。

 

そして、この大きな変化は、それらとの相乗効果なんだと思う。どれか一つでは多分、ここまでの変化は来なかったし、おそらくどれか一つを極めても来なかっただろうと思う。

 

曇ったメガネでは前が見えない。足元も見えない。「運ばれる」というのも起きにくいと、自分の経験から断言できる。

 

よく私は「運ばれている」と言うんだけど、実は「運ばれた」のではなくて自ら選んで進んでいるということなのです。選んでるの。

だからこそ、前が見えなくちゃ、足元が見えなくちゃ、ということなんですよ。

あとは、色んな意味で「余裕」がなくては選べなくなる。

 

本来の働きができない何かがあるままで突き進むと言うのは、なかなかキツイものです。

 

 

 

 

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鬼滅二回目。まだやってて嬉しい

 

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~~エネルギーデトックスワーク協会認定上級セラピスト・セミナー講師 NAMIです~

 

 

もうやっていないだろうと思っていたらまだやっていると知って、いそいそ行ってきました。

つくづくわたしは、アニメオタクなんだなあ(笑)思えば昔からアニメが好きだったよーー。

大昔はデビルマンとかマジンガーZとか。

もちろんガンダムも999も。

 

TVドラマは観ていると妙に疲れてしまうので、最近は全然観たいと思わなくなってしまったけれども(ていうかTV自体見ない)。

あとは漫画とか小説とかの方が好きだし、二次元が好きなんだろうなー。

 

 

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鬼滅の刃は義勇さん推し。善逸も義勇さんほどじゃないけど推しなので、無限城編の公開は待ちに待ったという感じだった。

特に義勇さんの痣出現から猗窩座戦のところは、サウンドめっちゃいい。義勇さんのテーマは水が流れるような綺麗な感じなんだけど、あれが力強く激しくアレンジされていて、鳥肌が立つくらいのカッコよさ。それでいて、あの流麗さもちゃんと残している。

なきめちゃんの舞台装置が造られるところもいいよねー。え、滝!? 何アレ滝!? なきめちゃん、もしかして水兄弟(弟子)推し? とか、ついニヤニヤした……オタク(笑)

 

善逸と獪岳のところも、序章の電子音から山場に向かっていくところ、ホントかっこいい。でもサントラ買ってみたら善逸短かかったよ……💧

 

今回はストーリーを楽しむというより、サウンドを聴きに行った。

「ここでアレが使われてる! コレも使われてる! こんな風にアレンジされてる! 神!」みたいな。

やっぱり映像とのセットで聴くのはぜんぜん違うよね。それに映画館だと音がいいよね。

 

まだやるかな?

もう一回聴きに行きたいな。

 

「空母いぶき」のときもなんか知らないけど妙に刺さってしまって、三回見に行ったけど、これも三回目行きそうだなー。

 

二章も早く観たいなあ。

でもこのあと、義勇さんがああなってこうなってと思うと、ツライものもあるけれども。

 

 

ああそれにしても、サウンドが神すぎて沼って困る。

 

 

 

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アタマのトトノエ 三ヶ月

 

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アタマのトトノエをブレスに入れて、まる三ヶ月が過ぎました。

 

 

もうこれの働きにはすでに慣れてしまっていて、普段は全く意識することはありません。

が、なにか予想外のことがあると「あー、やっぱ前と違うな」とわかります。

 

先日の夜勤の話。

滅多にない盛り沢山の夜勤になりました。

盛り沢山の意味は、軽くキャパオーバーすることが一晩で起きた、ということです。

休憩は取れず、従って休憩時のルーチンにしている「エネルギー的・スピ的対処」も全く出来ず。

 

これまでに経験した数々の修羅場に比べれば(物凄い修羅場が看護師経験のなかで2回あった)はるかにいい方ではありましたが、対処(指示すること含め)と判断をほぼひとりでやらなければいけなかったんです。

 

何を今の優先にするべきかというのは、ぶっちゃけ急変であればあるほど迷っている暇がなく、でも間違えると「あの時あれを先にやっていれば」的になることもないとは言えず、やっぱり平時とは違った精神状態になります。

 

「起こっている事態とは関係のない事態」にもあらかじめ「こうなったらこうして」「こうなったら教えて」と伝えておかなければならず、ここが「どういう人と組んでいるか」で大きく変わってくるところです。

それはかつての私も同様で、経験の浅い時には私と組んだベテランに負担をかけたから、「めぐり」というものですけどね。

 

そんなこんなでどうにか終えたその夜でしたが、「アタマの芯が冷静」でした。体の方は汗かいたりしてましたが。

次に何をするか、何が起きそうか、何をやっておくか、優先順位みたいなことがスルッと思考に上がってきましたね。

 

単に経験値があるからでは? と思われるかもしれませんが、自分の傾向というのは自分が一番よくわかっており、特にこういう「一晩に急変がいくつも重なる事態」になると(しかも阿吽の呼吸での対処が出来ない中でなると)自分の思考や行動というのはわかるんですよね。

それから考えるとやっぱり底上げされているな、と感じます。

 

 

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で、ほんとにすごかったのは家に帰ってからです。

休憩が取れず、身体的にかなり疲れていたにも関わらず、睡眠はとても深かった。以前だったら大概、アタマの興奮状態が収まらなくて眠気も来ないのがルーチンだったんですけどね。

 

もちろん風呂に入った時に、エネルギーデトックスワークで抜くものはキッチリ抜きました。そう言えばこの時、耳から超絶抜けてきたなー。

私って、耳から入る情報が残りがちなんだろうか。耳の穴の大きさをはるかに超えた量が出てきました。

でも目からは普段と同じくらいだった。目から入る情報の方が多いものだと思っていたんだけど、そうとも言えないのかな。

 

そんな感じで寝まして、朝起きたら全く前日の澱が残っていなかった。スッキリ。なかなかあんなキャパオーバーになる夜は無いのに。

 

そんなわけで、何度も言うけど、とにかくこれをブレスに入れてからアタマがラクです。

普段は意識しないけど、こういうふうに何かあると「違うんだ」とよくわかるのです。

 

 

 

 

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2025年11月を振り返る

 

◆プロフィール◆ - Harmonize 

~~エネルギーデトックスワーク協会認定上級セラピスト・セミナー講師 NAMIです~

 

11月は誕生月なので……毎年濃い年になるのですが、今年も濃かった。

 

まず上げるのは、やっぱり自分がクライアント側で受けたセッションで得たものですね。

(↑4回シリーズで書いてます)

 

毎年11月に受けていて、毎回濃いです。が、今年はあり得ないくらいの濃さでした。

あれ以上書けないのがほんと残念。あそこまで腑に落ちる事って、そうは無いんですけどね。

それまでわかっていたけど切れなかったものを、そのあとで物理的にやっと「切れた」し、自分がいかにひどい目に遭わされて来たのかがわかったというのも大きかった。

そして、酷い目に遭わされても、全然酷い目に遭わされたという自覚がなかったということも初めてわかったわけで。

頻繁に来た「よかった時のフラッシュバック」は、「防御」以外の何ものでもなかった、というのがわかったことも大きかった。

これがわかったから、それから引っ掛かることがあっても「ああ、癖になってるだけだね。癖だから、自覚していればそのうち無くなるね」と気楽に思えるようになった。

これもかなり大きい。「なんで、まだ」と自己嫌悪せずに済むようになったから。

 

模範? となるモデルができたせいなのかわからないけど、それまでは手を出さなかったことにも手を出すようになった。

自分でも「それまでの自分のイメージじゃ無い」というものを求めるし、やってるし。

 

良い意味での諦めが出来るようにもなった。諦めかな? ちょっと違うんだけど。

今月だけの話じゃないけど、価値観も変わって来たなあ。

 

前は、出来なければ出来るようになる、というのに執着していたけど、今は「出来なくても死なないから」「出来る人に任せる」「その代わり、わたしはコレなら出来るから、コレをやるよ」みたいな。

いい意味で、前より適当にやれるようになったかなー。(前が相当なものだったので、この程度でもすでに大きな変わりよう)

 

ラクだ。

自分を追い詰めないって、ほんとにラクだわ。

 

 

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それと、今月は参加者側でのセミナー参加もしました。

 

前に参加者側でいた時にはぜんぜん気にかけなかったことが、色々と見えました。

 

「全く知覚がなかった頃の私は、何を求めていたのか?」というのを考えたり。←これがほんとに不思議なんですよね。エネルギーワーク系のセミナーに、自分的には「ぜんぜんエネルギーなんてわからない」という状態で、よく参加していたものだなあと。

自分の中に何か求めるものがあって、それがあったから参加していたのは間違いない。でないと参加しないから。

 

施術を徹底的に受ける、という類いのものじゃなかったなあ。

知らなかったことを知ること

知っていたことが更に発展すること

そのあたりだったと思う。

 

一言で言ったら「面白かった」からなんだよねえ。

 

そうなると、「面白い」ってなに? となる。

 

知らなかったことが知れる。

知っていたことがもっとふくらむ。

それが面白い、となるのかなー。

 

 

 

 

 

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苦手な人がのちに好きになる不思議

 

◆プロフィール◆ - Harmonize 

~~エネルギーデトックスワーク協会認定上級セラピスト・セミナー講師 NAMIです~

 

 

仕事の面で、わたしはどこへ行っても人間関係に恵まれるほうです。転職に限らず部署異動でも。

 

二十歳くらいまでは、「苦手な人は最後まで苦手な人」でした。若い時ほど徹底していたように思う。

この法則的なものが崩れて来たのは四十代くらいから。

 

まだ関係が浅い時に「うわ、嫌だこういう人、好きじゃないわ!」と思った人が、何年か(だいたい三年くらい)の間に、尊敬できるわーとか、いいわーとか、要するにはじめの印象が壊れることが多いと気がついた。

(もしかしてそれが普通なのかな? わたしは人付き合いが苦手なので)

 

結果的にこれが「どこに行っても人間関係に恵まれる」という確信になるのかなーと最近思った。

 

 

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単に自分の視点が変わっていくからなのか。でも、明らかに自分ではどうにも出来ないことでも「上手く回るよなあ」と思うことが近頃は多いので、意識の持ち方とかそういう表面的なことではないだろうな。

 

仕事、特に夜勤では、「気が合うかどうか」「阿吽の呼吸で動けるかどうか」というのは、すごく大きな要素になるのです。

特に何かあった場合や、何かが予測される場合。

 

気が合わなくても、仕事はそれを越えてやるのが大人だと思うので、普通は支障をきたすことはないですよね。←そうじゃない人も多いことは、耳にしますけど

 

それでも「“呼吸”が合うかどうか」というのは結構大きいです。

 

あ、話ズレた(笑)

 

 

そんなわけで「苦手な人がのちに好きになる不思議」。中にはホント、尊敬レベルの人も過去にはいました。はじめはメチャクチャやりにくかったのが、スッゴイ頼れる人になったとか。

今の職場でもそれは起きていて、こういうのがやっぱり「どこへ行っても人間関係に恵まれる」と思い込む大きな理由になるんだろうなー。

 

それ以前に、「不思議と恵まれる」と信じてもいるんだけど。

 

 

 

 

 

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